SE: | (チョークで黒板に文字を書く音) |
国語教師: | ……うん、じゃあこれを読んでみて。そうねぇ――じゃあ、菖蒲さん。 |
菖蒲耶那: | ――えっ!?……読めません。 |
国語教師: | そう……じゃあ、正親町くん。 |
SE: | (椅子を引いて立ち上がる音) |
正親町利久: | 鳳や鳳や、何ぞ徳の衰えたる。往く者は諌むべからず、来たる者はなお追うべし。已みなん已みなん。今の政に従う者は殆うし。 |
国語教師: | ……そうね。この文では「衰」という字と「追」という字が韻を踏んでいて―― |
SE: | (教室内のざわめき) |
耶那: | はぁ……国語はもう成績期待できないなぁ…… |
延寿恵里: | ……耶那、1回質問に答えられないぐらいで成績落ちたら世の中のどれだけの学生が絶望に打ちひしがれると思ってんの? |
浮舟姫依: | そうそう、恵里の言うとおりだよ。っていうか、あの問題は答えられた利久のほうが凄まじいと思うんだけど。 |
恵里: | 言えてるねぇ……だってアレ、白文だし普通は読めないじゃん。そう悲観的にならない方が良いよ。 |
姫依: | やっぱあの変人は私たち一般人より頭のネジが5,6本多いんじゃない? |
恵里: | うわっ、それ有り得る。 |
利久: | 誰が変人だって? |
恵里: | 噂をすれば何とやら……いつの間に私の後ろに立ってたの? |
利久: | そうだな……耶那がため息をついた辺りで動き出し、姫依が恵里の言う事に相槌を打ったあたりで もう俺はお前の後ろに立っていたけど。 |
耶那: | 本当に利久って神出鬼没だねぇ…… |
利久: | その言葉は褒め言葉として受け取っておく。 |
姫依: | ……ところでさぁ、何で利久はあの時スラスラと白文読めたの?まさか向こうの国の人? |
利久: | んな訳あるかっつーの。あれはただ単に覚えてただけ。 |
耶那: | よくあんなの覚えてられるねぇ……私には出来ない芸当だよ。 |
利久: | 何となくやってりゃそのうち覚えられるさ。要は慣れだな。 |
恵里: | ふ、ふーん……まぁとにかくさ、耶那。別に気にする事なんかないよ。 |
姫依: | そうそう、もしかしたら先生もハナから耶那が答えられると思ってなかったかもよ。 |
耶那: | えっ!? |
恵里: | 姫依……それはフォローになってない。むしろ追い討ち。 |
姫依: | え?そうなの? |
SE: | (チャイム) |
利久: | あ。もうこんな時間か。次の授業の準備をしなくちゃな。 |
SE: | (足音) |
耶那: | ……みんなああいう風に言ってくれるけど、やっぱ私、ダメな人間だよなぁ…… 利久とかはもう万能すぎて訳わかんないけど恵里は普通に頭良いし……でも私は運動音痴だし勉強できないし…… 取り柄なんて、一つも無いや…… |
SE: | (授業中) |
数学教師: | この様にランチェスターの二次法則はこの解法で解けるのであって―― |
耶那: | 授業退屈だなぁ……言ってる事全然分かんないよ…… 何か眠くなっちゃった……でも、寝たら先…生に…… |
耶那: | あれ……ここは? |
泡沫の夢: | ほう……ようやく会う事が出来たな……菖蒲…耶那…… |
耶那: | ……え…あんた誰?……っていうか、何で私の名前知ってんの?何者? |
泡沫: | 儂か……?儂は……泡沫の夢に過ぎぬ存在よ。 |
耶那: | 泡沫の…夢? |
泡沫: | そうだ。夢に遊び、過去・現在・未来を眺め、人々の夢に現れては何かを伝えたとしても、 夢が醒めれば忘れられる、そんな存在さ。 |
耶那: | で、その泡沫の夢さんが一体私に何の用なの? |
泡沫: | 今言っただろう?儂はお前さんにちぃとためになる事を伝えに来た。 |
耶那: | 何で? |
泡沫: | お前さん、儂が見る限りでは結構自分を悲観的に見過ぎているからな。ちょいとそれを直そう為のきっかけを与えようと思うてな。 |
耶那: | そんなの余計なお世話だよ。私、そんな悲観的な性格じゃないし。 |
泡沫: | たわけた事を言うでない。お前さんのその性格…「立てば悲観、座れば自虐、歩く姿はマイナス思考」とでも言えそうな その性格が、悲観的な性格じゃない訳が無いだろう。 |
耶那: | 結構耳の痛い事言うね……で、結局何が言いたいの? |
泡沫: | そうだな、単刀直入に言おう。……往く者は諌むべからず、来たる者はなお追うべし――これだけだ。 |
耶那: | え……意味は。 |
泡沫: | そんなモノはお前さんの愉快な仲間たちにでも教えてもらえ。 ……そうそう、言い忘れておったが……もし今のままお前さんが自身を変える事が出来なければ、 極めて近い将来にその愉快な仲間たちはお前さんから離れていく事になるぞ。 |
耶那: | そ、そんな……でも、私には無理だよ……私みたいなダメな人間が変われるわけ無いんだよ…… 方法も見つからないし……仕方ないよ、残念だけど。 |
泡沫: | この状況を脱却するにはお前さんが変わろうという強い意志を持たなければダメなんだぞ? 方法が見つからない?天国へ行くのに最も有効な方法は、地獄へ行く道を熟知する事だそうだ。 幸いにもお前さんは今、自分の少し先の未来を知った。その過程も。ならば簡単だ。 それを避けるように、今よりもほんの少しだけでも前向きな考えで生きるように心がければ良いじゃないか。 |
耶那: | そっか……ありがとう……この事、忘れないようにするよ。 |
泡沫: | お前さんがそうである事を望むよ、儂も。……さて、そろそろお前さんはお目覚めのようだ。……助言、忘れてくれるなよ…… |
耶那: | え……ちょ、ちょっと―― |
数学教師: | ――菖蒲さん、菖蒲さん、起きてください、この問題を解いて下さい。 |
耶那: | ん……えっ……あ……分かりません…… |
数学教師: | 次からはこういう事が無い様にして下さい。 |
耶那: | すみません…… |
SE: | (チャイム) |
数学教師: | ……あ、鳴っちゃったか…じゃあ今日の授業はココまで。明日の宿題提出、忘れないように。 |
SE: | (教室内のざわめき) |
耶那: | はぁ……怒られちゃった。 |
恵里: | あんな爆睡してたら誰でも怒るって…… |
耶那: | あ〜あ、これじゃ……ま、良いか。 |
恵里: | あれ?耶那にしては珍しくプラス思考だね。いつもならもっと激しく落ち込むのに。 |
姫依: | そうそう。いつもならもっと自虐に走るのに今はかなり楽観的だね。 |
耶那: | え?……ああ、うん。少しぐらいプラス思考になろうかと思ってね。 |
恵里: | ふーん……まぁ良いんじゃない?私、前々から思っていたし。耶那の自虐的な性格が何とかならないか。 |
耶那: | え、それ酷くない?本人目の前にして。 |
恵里: | 大丈夫、別に悪口とかじゃなくて、耶那の事考えて思ってたんだから。 |
耶那: | そう?…………やっぱアレ、当ってたんだ…… |
姫依: | ん?何か言った?耶那。 |
耶那: | え?何でもないよ。……あ、そうだ。「往く者は諌むべからず、来たる者はなお追うべし」ってどんな意味だっけ? |
恵里: | それさっきの授業でやったじゃん。それは―― |
利久: | 過ぎた過去はあーだこーだ言っても何も変わらない。しかし、これから来る未来は自分の意志次第でどのようにでも変化する。……後ろを振り向くな、前を見ろ、って事だな。 |
恵里: | また突然現れたねぇ、利久。 |
利久: | 神出鬼没はおれの十八番だしな。……まぁそんな意味だ、耶那。 |
耶那: | ふーん……ありがと。……そっか、そう言いたかったんだ……あの泡沫の夢は…… |
恵里: | え?夢がどうかしたって? |
耶那: | ううん、何でもない。さて授業も終わったし、みんな一緒に帰ろうよ。 |
姫依: | 賛成。 |
恵里: | そうだね。じゃ支度しよっと。……利久も帰るでしょ? |
利久: | 勿論だ。 |
耶那: | じゃ、決まりだね。 |